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「なっちゃん、ママに、『おひなさん、だしてね』って、おねがいしないとね〜。」
気がつけばもう2月も半ば。なっちゃんのおばあちゃんは、昔からこの時期になると妙にそわそわし始める人なんです。
そう、昔っからおひなまつりの準備を始める時期になると、家族の中で一番楽しそうだったのは、間違いなく私の母親でした。
(企画制作部 山下のエピソード)
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我が家にひな人形がやってきたのは、私が3歳のとき。両親に連れられて京都のひな人形屋さんにいった記憶がおぼろげながら残っている。
狭い通路を走り回って遊んでいる私のことなど気にもせず、両親は店員さんに相談しながら熱心に品定めをしていた。当の私はといえば、買ってもらったひな人形よりもおまけでもらったわんちゃんの形をしたピンク色の枕の方が嬉しくて仕方なかった。
そんな具合で3歳で初めて経験した(と思われる)おひなまつりのことは全く記憶にない。
けれど毎年2月中旬ともなると、「そろそろ出してあげないとね〜。」と、なんだかとても楽しそうにカレンダーとにらめっこしていた母親の姿だけは特に印象深く残っている。
当時、母親は店をしながら家事をしていた。当然毎日ドタバタなので、ひな人形を出すとなるとお店の休みの日になる。店休日は平日だったので、おひな様を出すのも平日。したがって物心ついてからも、それは母と娘の共同作業にはならず、学校から帰ってくるといきなりおひな様が飾られているといった具合だった。
私のおひな様なのか母親のおひな様なのかよく分からないほど、とにかく母親はおひな様を可愛がった。ある種、娘の私がおひな様にヤキモチを焼くほどの溺愛だったのだけれど、それが一体どこからくるものなのかは知るよしもなかった。
ライバルともいうべきおひな様ではあったが、私は私なりに自慢に思っていた。
当時はまだめずらしい、ガラスのケースに入ったタイプでオルゴールもついていた。(住宅事情と、経済的な事情もあったと思うが)お友達の家で見たような立派なものではなかったけれど、とにかくなによりお人形の顔が美しい。明らかにどのお友達のものと比べてもかけ離れてきれいな顔をしている。「うちの子が一番!」精神は、どうやら幼い子供のころからしっかり存在しているものらしい...。
おそらく、おひな様を持っている日本中の女の子たちが、当時の私と同じように「自分のが一番!」と思っているに違いないが、未だに私のおひな様よりきれいな顔をしたお人形たちに出会ったことがない(今でも断言!)。
ちょっとおひな様自慢が長くなったが、母親の話に戻る。
「片づけるのが遅れると、お前の嫁入りも遅くなるから。」と、毎年3月3日の夜、私がお布団に入る時間になると母親はおひな様を片づけはじめた。幼い頃は、母親がおひな様を片づける音を子守歌代わりに眠ってしまい、朝起きたらすっかり片づいてしまっていたものだが、私が成長するごとに翌朝のの片づき具合には変化が現れはじめた。
3月3日は必ずしも店休日ではない。一日の仕事を終えてからのプラスアルファの作業は年々年をとっていく母親の負担になり始めていたらしい。確か高校生になる頃には、三人官女の一人だけ裏返しに置き換えて、ハイ、形を崩しましたということで勘弁してもらっていたように思う。
それでも、週末も部活動に忙しかった私は、おひな様を出したり片づけたりするのは母親任せ、というか完全に母親の仕事と決めてかかっていた。
そんな母のおかげか、そう遅れた感もなく、25歳で外国人の主人と結婚。当然、異国の地にまでおひな様を持って行ける状況でもなかった。
「おひな様、供養しないとね。」そういう母親の顔がどことなく寂しげだったので、「まぁ、いいんじゃない?とりあえず置いておけば。」そう言って、ほぼ母の物に等しいが、一応私のおひな様は、実家にそのまま預かってもらうことになった。
10年ぶりにおひな様を引き取ることになったのはちょうど2年前の2月。とにかく子供たちの手の届かないところにと、随分高いところに置いたので、多分小さな二人にはお人形のきれいな顔は見えていなかったにちがいない。それでもおばあちゃんがおひな様にあげるイチゴを持ってきてくれたときは、二人してめいっぱい背伸びをしておひな様のイチゴに手を伸ばしていた。
そして、そろそろ娘の3度目のおひなまつりの準備を始める時期。案の定、というか、今年も「おひなさん、出さなきゃね!」と嬉しそうに一番乗りで言い出したのは当然実家の母親。
彼女がなぜそんなにおひな様が好きなのかは未だに聞き出せずにいるけれど、私もようやく我が娘のために自分の手で大切なおひな様を箱から出してあげるようになって、なんとなく母親の気持ちがわかるようで、どことなくくすぐったい気分になる。それと同時になんとなく気づいたのは、外国に嫁ぐことになった娘にみせた寂しい表情の理由は、大切な「おひな様」を供養してしまうことではなくて、日本中で一番可愛いおひな様を与えられた世界中で一番可愛い我が娘が遠くにいってしまう寂しさだったのかもしれないってこと。おひなまつりの時期がくると、春を迎える温かい気持ちとは裏腹に、毎年ひとりでおひな様を出したり片づけたりしていた母親の姿を思い返し、どことなく切なくて胸が苦しくなる。
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