ビワの学名
| 分類: |
被子植物門(ひししょくぶつもん)
双子葉植物網(そうしよくしょくぶつこう)
バラ目バラ科ビワ属
|
| 学名: |
Eriobotrya Japonica Lindley(エリオボトリア ヤポニカ リンドレイ)
|
ビワの分布
中国の揚子江沿岸や日本の関東地方より西に生えている常緑の木です。日本では石灰岩の山地に多く、埼玉県が北限となっています。
ビワの1年
11月になると香りの良い白い花が咲き始め、1月まで次々と咲き、冬の寒さで死ぬことがなければ6月ころに実が熟します。果実の小さい在来種では1果房当り10〜15個の実がなります。ビワの生産は非常に不安定です。大きな要因は、寒い時期に開花し、幼果が寒さによって凍死することがあるためです。このため、ハウス栽培の取り組みも行われています。
ビワの品種
明治の中ごろまでは小粒の在来種でしたが、明治12年に大粒の「田中種」が誕生して以来、現在のビワはほとんどが品種改良されたビワとなっています。現在の代表的な品種は「茂木」と「田中」が2大品種といわれ、最近では「天草早生」「長崎早生」などの品種も育成されるようになりました。また、ビワは立地条件が限られており、主に温暖な地域での栽培が適しているようです。
ビワの原産地
中国の揚子江上流部の大渡河(だいとか)周辺を原産地とするのが定説です。
中国のビワ研究者は、揚子江上流に普通ビワをはじめとして、いろいろなビワ属の野生種が存在していることから、揚子江を下りながら進化していき、更に海流に乗って日本に流れ着き、自生したのではないかと推測しています。日本海沿岸に自生地が多いことでも裏付けられるといいます。
ビワの語源
果実のビワは大昔からあったのですが、その名前は形が、楽器の琵琶に似ていることから付けられたものです。植物のビワが楽器の琵琶の地位を奪って「枇杷」と表記されるようになったのは、5〜6世紀ごろだといわれています。つまり枇杷が栽培されだした同時期です。
果実としてのビワ概況
平成13年度の国内生産量は、約9,890トンでした。このうち最も生産量が多いのが長崎県(3,280トン)で香川県(911トン)、愛媛県(882トン)、千葉県(803トン)、鹿児島県(794トン)、和歌山県(730トン)の順で生産されています。
※ビワの栽培に関する迷信
ビワの木には「ビワをつくるとその人は若くして死んでしまう」などの迷信があり、ビワを作る人は増えませんでした。幕末から明治以降には、ビワに対する迷信は薄らいだため、高く売れるビワを栽培する人が増えたのです。