「らくなちゅらるホットカーペット」中川信男インタビュー

僕が「メイドイン福島」にこだわる理由

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「メイドイン福島」にこだわる理由

渥美京子さんによるインタビュー

渥美京子 インタビュアー 渥美京子(あつみ きょうこ)

1958年、静岡生まれ。
大学卒業後、電機メーカー勤務を経て法律系の専門出版社に就職。
1992年からフリーランスに。
著書に「パンを耕した男~蘇れ穀物の精」(コモンズ刊、2011年)、
「笑う門には福島来たる =大橋雄二 いのち 共生 放射能=」(燦葉出版社 2011年)
共著に「脱原発社会を創る30人の提言」(コモンズ刊、2011年)などがある。

言葉

放射能を背負って生きる。悲しい現実だが、放射能汚染の時代を生きることになってしまった。生きるとは、家族、隣人、社会に生きる人たちと共に生きる(共生する)ことにほかならない。いのちが大事ということは、自分のいのちだけではなく、他者のいのちも大事にすることによって成り立つ。
日本にある全ての原発を一刻も早く止めるために声を上げ、行動を起こすことは大切である。「放射能からいかに身を守るか」も考えなくてはならない。それと同時に、福島原発は「どう生きるのか」「いかに共生するのか」という根源的な問題をこの国に住む全ての人間に突きつけている。

プレマ 代表取締役 中川信男さんに聞く
僕が「メイドイン福島」にこだわる理由  磁場も電場もカット 「らくなちゅらるホットカーペット」

中川信男さんと電話で初めて話をしたのは3・11直後のこと。日本中のたくさんの人びとが「被災地のために自分ができることをしたい」と考えていたときに、共通の友人を介して知り合いました。 3月から4月にかけて、中川さんは大きな車で福島に向かい、物資の供給がとだえた地域に、食べものや日用品を届けていました。高い放射性物質が降り注ぐ飯館村や霊山町からのネット中継を見たときはびっくり。 当時、地元メディアとフリーランスの記者を除き、ほぼすべてのメディアは原発50キロ~60キロ圏内から避難しており、福島の様子はほとんど伝わっていませんでした。その中で、いくら防護服を着て、マスクをしているとはいえ、「被ばく」覚悟で現地に立つ中川さんに驚きました。

初めてお目にかかったのは2011年4月で、場所は福島市内。 「福島は私にとって第二の故郷になりました。ずっと福島にいたい気持ちです」と熱く話す中川さんに興味を持ちました。 それから、何度か会う機会があり、フェイスブックでもつながっていたのですが、実は正直に言うと「中川さんって、なにもの?」という不思議感が私のなかにはありました。いつも前向きで行動的で、次から次へのアイデアを出すエネルギーの塊のような中川さんには、悩みなどないように見え(そんなことがあるはずはないのですが)、福島の深刻さを思って感情が千々に乱れる私からすると、ちょっと近寄りがたい感じがしていたからです。

それが大きな誤解だったと知ったのは、この夏のことです。3・11から1年と5ヶ月あまりがたったこの夏、福島の地で中川さんと再会。「らくなちゅらるホットカーペット」のこと、福島への思い、この時代を生きるということについて、じっくりうかがい、「ああ、そうだったのか…」と。前ふりはこのくらいにして、それではインタビューとまいりたいと思います。

渥美京子さん ホットカーペットを福島で作ろうとしたきっかけについてお話しください。
中川信男

もともと、福島の方と仕事でつながりたいと思っていたんです。この状況のことですので、お客様にもご紹介しやすいという意味で、できれば、食べもの以外のもので、と。プレマのお客様はもともと化学物質や電磁波を避けたいと思って弊社でお買い物いただいていますから、とてもセンシティブでおられます。今の状況で食べものを積極的に扱うことは、今年の収穫および測定の結果を見ないとまだ厳しいなというが正直な実感です。だから、今年であっても食べもの以外であれば、何かお手伝いができるのではないかという気持ちが心のなかにあったんです。

3・11の前から福島で取引があったのは「銀嶺パン」さんしかなかったんです。震災後、支援の関係でほんとうにいろいろな方とのおつきあいは広がっているのですが、だからといって福島のために何か具体的な商取引ができるかというと、事故直後に行き場を失った事故前に冷凍されていたオーガニック桑の実を全量買い取ったこと以外の実績はことはない状態が続いています。

そういうなかで、大手が撤退してから存在自体がなくなっていた「本物の電磁波カットのホットカーペット」、つまり電場も磁場もカットできるホットカーペットをいつか、何とかしないとと思っていたことが改めて頭に浮かび、これを福島で作れないだろうと思ったんです。今年はじめのことでした。


渥美京子さん 食べものについてはセンシティブな方が多いというお話ですが、たとえばどんなことですか。
中川信男

先日、プレマが仕入れているメイプルシロップから、民間の調査で1・4ベクレルのセシウムが検出されたという報告をいただきました。それは福島第一原発周辺や日本産ではなく、カナダ産のものです。1・4ベクレルという数字は高性能のゲルマニウム管検知器を使って、長時間測定してかろうじて検出される範囲の数字です。しかも、非常に微量ですから統計的誤差の影響もあるでしょう。いずれにしても、このセシウムの由来はどこかといってもわれわれにはわからないのです。

もともとプレマでお買い物されるという方はご自身やご家族のために食というものに大変気を遣ってこられた方々です。当然のことですが今回の事故の影響による放射性物質を少しでも取り込まないようにと努力されています。測定結果で判断される方から、産地や方角、またはイメージで判断される方までいろいろですが、原発事故が起きたから食の安全を考え始めたというわけではなく、もともと別のリスクについて考えられた結果、私たちのお客様になられたと解釈しています。


渥美京子さん

その話は気になります。

中川信男

すでに日本にはたくさんの放射性物質が蓄積しています。福島第一原発から放出されたものだけでなく、過去の地上核実験やチェルノブイリ原発事故の影響も受けていますし、果たして今まで世界の「健全に運転されているという原発」は放射性物質を全く出してこなかったのかという疑いすらあります。それはカナダ産のものだったですが、国産の福島事故由来でない遠方ものからも放射性物質が検出されることはあると思います。

被災地周辺のものだけではなく、もっと遙かに広い範囲で放射性物質について警戒されています。先日、「電気のコンセントに宮城産と書いているけどこれで被曝するのではないか、大丈夫か」という問い合わせをいただきました。これは、プラスチック加工製品です。もちろん、石油から成形されるものであり、放射性物質は検出されていません。

どうも、被災地から遠くの人ほどあまり合理性のない心配される傾向があるように感じます。線量の多寡や製品の性質とは関係なく安全とか危険だとかという範疇を超え、「東北」とか「福島」という言葉自体に対して不安を感じられるということに触れるたびに深く心が痛みます。もし私がが逆の立場だったらどうなのか、「京都」「滋賀」という言葉だけで不安を引き起こすことになったとしたら、どう思うのか、と。なんだかほんとうに心の底から悲しくなるのです。


渥美京子さん 共に生きるという思想を問われているように思います。
中川信男

そうなんです。「自分だけが健康で元気に生きていればいい」という視野に立てば、ものや人の種類を問わず、その(汚染されたとされる)土地に関係するものとは一切関わりを持たない方がよいと、そういうことになるのでしょう。実際、私の知り合いでも南半球に移住した人がいます。南の島に移り住んだ知人から「北半球はすでに終わった、人間の住める場所ではないのにどうしてそこにいるの?」と言われ…、「なるほど、わかりました」としか言えなかったですね。

数ヶ月前のらくなちゅらる通信の巻頭に書いたことですが、「そもそも人間は、自分のことだけにフォーカスしても、ほんとうの意味での幸せを感じることができない構造になっている」ということを明らかにしました。共に生きるからこそ、たとえどんな困難があたっとしても、幸せを感じるためのスタートラインに立つことができます。


渥美京子さん 日本中どこのものをはかっても、何かしら汚染されているのではないですか。
中川信男

そうですね。このことを言うとお叱りを受けるのですが、リスクは放射性物質だけに止まらず、農薬はじめとする化学物質や遺伝子組み換え食品、有害電磁波など、他にもたくさん危険なものがあるというと、「放射性物質の危険性を軽視しようと誘導しているのか!」と。決してそういうことを言いたいためにこれをお伝えしているのではありません。農薬や化学物質まで話を広げるとテーマが大きくなってしまうので、有害電磁波を例にとってお話しましょう。

電磁波、とくに電場(極低周波)は直接、みなさんの自律神経を害したり、皮膚炎を引き起こしたり、発がんの要因になったりします。磁場もマイクロ波も様々な健康上のリスクが存在しますが、距離を置くことで提言し対策がしやすいのです。しかし電場は伝搬するため、家庭内のあらゆる場所で被曝することになります。寝ても覚めても電場の影響下にいるといってもよいでしょう。このように、電気が作りだすエネルギーによって健康が害されるリスクがが以前から身近な問題としてあるのです。

最近の放射性物質は主に事故によって原発から飛び出したのですが、有害電磁波は今も家庭内のあらゆる場所から発生しています。ところが、これに対する認識がとても薄いんです。一方、認識している人のなかには、ものすごく電磁波に過敏な体質になっている人もあります。見えないからこその、恐怖といえるでしょう。
そういう意味で放射能の問題と電磁波の問題は共通しているということは従前からわかっていましたし、私個人的には原発を認める立場をとったことは過去の一度もありません。

電力会社が必死に推し進めたオール電化の広告は、結果的に多くの人々を毒すことになりました。原発は出力調整が細かくコントロールできないために、余った電力を安く売る施策としてのオール電化推進・・・「お得ですよ、ガスより安いですよ、炎を使わず安全ですよ」といううたい文句は、人々を惑わしました。私が以前からオール電化に反対してきたのは、電磁波問題という側面だけではなく、その裏には原発の利権が存在したかにほかなりません。

株式会社レジナの土田社長とは、有害電磁波対策ということでいえば強い共通項があります。世間一般で電磁波問題をしている方とは違う切り口があるのです(前述の磁場だけではない電場対策のプロフェッショナルであり、問題告発の第一人者)。ホットカーペットについてもそうです。プレマ単独では、家電製品である電磁波カットのホットカーペットを作ることはできないわけで、レジナさん、そして土田社長の力が必要です。
そんなこともあって、電磁波問題というのは私にとって非常にシンボリックなこととして、事業の中心に有りつづけました。この問題は2001年頃から取り組んできています。


渥美京子さん 2012年の冬にホットカーペットを福島で作ろうと考え、それを土田さんに相談されたのはいつですか?
中川信男

今年の春くらいだったでしょうか。


渥美京子さん 土田さんは、中川さんから「メイドイン福島」という言葉を聞いたとき胸にすとんと落ちたと言われています。それまでとまったく違う世界観が広がった、と。中川さんはどのようなことを土田さんに話されたのですか?
中川信男

私は一般社団法人電磁波測定士協会の理事長で、土田社長が専務理事を務めています。有害電磁波と原発の問題は実は根っこが一緒です。そんな話を土田社長にずっとしてきました。で、この春、土田社長にこう言ったんです。
「電気の問題で困っている人に解決策を提供するのは、電気の問題で困った人たちであるのが理想的だと思う。だから『メイドイン福島』というモノづくりができないだろうか」と。

通常、ホットカーペットは上から下まで中国で作られています。他社も含めてほぼ100%中国製なんです。ホットカーペットは構造上、上に位置するカバー部分と下の電気製品部分に分かれます。下はヒーターユニットといいまして、ホットカーペットの本体として認識される部分です。
「ヒーターユニットは巨大な専用設備がないと作れませんから日系企業に中国の工場で作ってもらうようにお願いするとしても、上掛けのカバー部分は福島で作れるのではないか」と言ってみたわけです。

「上掛けカバーの部分に、私たちが一番大事だと思っている低周波を吸収し、大地に逃がすことのできる機能をつけることができます。そこの部分を、被災して仕事がなくなってしまった縫い子さんたちに、ちりぢりばらばらになってしまった飯館とか川俣とか大熊の方たち、仮設住宅にいらっしゃる縫い子さんたちに担ってもらえないか、簡易なミシンを使った手作業でいいから」と。

その時点では、電磁波の吸収体(サンダーロン繊維)だけをカットして整形する作業だけを福島で行い、ホットカーペットカバー部分はお客様が好きなものを使ってもらうという形でもいいのではないかと思いました。1層目は磁場を発生しないユニット本体。これは磁場を発生しないように逆巻コイルでまく。その上に敷く上掛けに電波を吸収する吸収体をおけば電場を解決できるのですが、それを福島の縫い子さんに縫ってもらう。そして、その上に載せるカーペットの「カバーはお客様のお好きなものをご購入ください」という前提で当初の1ケ月くらいは話が進んでいたのです。

土田社長からは「ぜひ、それでやりましょう」と言っていただきました。4月、福島に行き、あちこちで、このような縫い作業はできないかと声をかけてまわったんですね。それこそ、家庭用のミシンさえあれば仮設住宅でできる範囲の加工を福島でやる、という前提での話だったんですよ。
これに対して、土田社長は「やっぱり、何層にもするのはお客様に不便だから、カバーすべてを福島で作れる方向で努力しましょう」と言われました。確かに、ホットカーペット部分はプレマで買い、カバーだけは他店で買ってください、というのはお客様の視点から見るととても不便で不親切です。

土田社長の提案は、綿入りの素材に、導電性の素材(サンダーロン)を入れてカバーごと縫って一体化してキルティングにしてしまおうという話でした。ほんとうにびっくりしました。巨大な専用設備が必要なキルティング加工を、人の手だけでやるなんて、そんなことできるのか、と。当初考えていたのは、被災して仕事がなくなってしまった福島の縫子さんたちに、作る喜びを思い出していただけたら、という思いだけでした。「スーパー手作り。メイドイン福島の人びと」というイメージですね。縫い方もバラバラでもいい。とにかく、福島でやること自体に意味があり、福島で仕事を失った方に仕事を届けることに価値があると思っていましたから。
ところが、土田社長はしっかり仕事をするタイプの方で、やるからにはカバーの加工もすべてやる、と言い出したんです。それはとても仮設住宅と家庭用ミシンでできることではないので、5月から福島での工場探しを始めました。


渥美京子さん

そして、「メイドイン福島」に名づけた名前が「らくなちゅらる」。これは中川さんが大事にしている名前ですね。

中川信男

「らくなちゅらる」に込めた思いは弊社が毎月発行している「らくなちゅらる通信」を見てください(※らくなゅらるとは「自然に沿って楽(らく)に生きることは楽しい」つまり、無理せず天地自然の法則・リズムに沿って生きることを提案するプレマ発・日本発のコンセプト)。

ホットカーペットは工業製品そのものです。年間300万枚くらい作られていると聞いています。そのなかの、たった2000枚が今回の計画です。0.06%くらいの手作り製品になるわけです。磁場も電場も出ないものだから工業製品ではダメ、ということではありませんが、手作りで「なちゅらる」にこだわりたい。何が「なちゅらる」かというと、有害電磁波のような、ややこしいものが製品から出てないということが大切だと思うんです。

「なちゅらるな暮らし」とは、自然なものをいっぱい生活に取り組むことではないと思っています。本来、「なちゅらる」とは足し算ではなく、引き算なんです。今の健康産業というのはみんな足し算です。体にいいあれを食え、これを食え、果てはお年寄り相手に、ゴマのサプリメントを食え、と巨大な費用をかけて、さんざん宣伝がなされます。もちろん、すでになんらかの害が出ている部分には不足する部分を補う、または打ち消すための足し算で対応する必要がありますが、こと電気の問題はそうではない。原発について言えば、最終処分すらできない原発を運転することをやめる以外に方法はありません。原発に足し算で解決策を見いだしてしていくとどうなるかというと、その周りにものすごい防波堤を造るであるとか、9層~10層の安全蔵置をつけるだとか…。

でも、いくら何をしても、どれだけ努力してお金をかけてもリスクはゼロにはならないんですね。いくら足し算してもゼロにはならない。そういうことで、ドイツは放棄したんです。あれだけ原発推進国だったドイツがですよ。先日も商談でヨーロッパをめぐり、いろんな人と話し合ってみても、ドイツの決定についてはみんな驚いていました。原発推進派であったメルケル首相がFUKUAHIMAに学んで原発をやめたんですから。原発は引き算、つまりやめるしか危険性を回避する方法はないんです。何千年も処理できないものを子々孫々継承するなんて、ほんとうにばかげています。

電磁波の問題もそれと同じです。あれを身につけましょう、これを飲みましょうといってもきりがない。いくらやってもリスクはゼロにはなりません。電気製品を使っても有害電磁波が出ないようにする。それしかないのです。

福島で作られたらくなちゅらるホットカーペットカバーは、すべて手作業です。相当苦労されたと聞いています。本来、このように大きなキルティング製品は手で縫うものではなく、大きな専用の機械で一気に縫うものですから。
このように、「らくなちゅらる」が意味するところは引き算なのです。肩肘張らなくても、それを敷いて使っているだけでいい。(電磁波から身体を守るために)朝昼晩とサプリを飲まなくてもいい。面倒くささがない。部屋や体を暖かくするためにスイッチオンすればそれだけすむ。そこから出ている有害性は、すでに引き算されている。そんなことで、らくなちゅらるという名前がぴったりだと思ったのです。それは、このような「コストと時間無視の、馬鹿げた」作り方も含めてです。


渥美京子さん

この名前を付けようと思われたのは、いつですか?

中川信男

今年の夏、カバーの製造が福島で始まってからでした。7月、安部さんのところ(工場)を見に行ったら、何にもありません。ミシンを置く予定の部屋に、電気すらきてないんですよ! 訪問したときに「ここでやります」と聞き、ほんとう驚きました。で、京都に戻り、うちでやる以上、名前はらくなちゅらるしかないだろう、と思ったのです。縫い子さんも、放射能で移住を余儀なくされたいろいろな地域からきていただいているとのこと。やっぱり、ここでやる価値があるなと思いました。人間って、誰かの役にたっているときに生きがいを感じるようにできているのですから。

ちょっと脱線しますが、今、原発事故の補償金が一括で支払われるという話になっているじゃないですか。フェイスブックでブロックしたFB友だちがいます。「福島は今、めちゃく儲かっている。昼間っからパチンコに行ったりして、支援する気なんかなくなるから、やめておけ」とか言うんです。
それはあまりにもモノゴトを表面的にしか見ていないですよ。家も仕事も失い、巨額のお金だけ渡されたら、そっちにいっちゃうのは自然の理じゃないですか。でも、自分がやるべきことがあって、人の役にたっているという感覚があれば、それが人間を人間らしくする。仕事も家もない、もしくは家はあっても仕事がない状態で、外に対して積極的に働きかけができない状態というのは、ほんとうに苦痛ですよね。そこに巨額の現金が落とせば納得するやろ、という考え方自体がとかげの尻尾切りだと私は思います。


渥美京子さん らくなちゅらるホットカーペットの製品化を改めて振り返り、どんなことをお感じになりますか。
中川信男

「人間というのは、誰かの役に立っていると感じたときに人間らしくなれる」、というこの理ですね。
たとえば、福島で農業を営んでいる方たちがいます。私たちはずっと農薬を使わないでほしいということを言ってきました。ですから、農薬を使わない農業を実践されている農家さんたちに強いシンパシーを感じています。ところが、そういう方たちの農産物が今回の原発事故でまったく評価されない。IターンやUターンで福島に行った方たち、地元で子どもたちが安心して食べられるものを作ろうと、長年努力されてきた方たちの食べ物が、あまりにも無残な姿になっているということ、彼らが「誰かの役に立てる」と思えなくなっているわけじゃないですか。


渥美京子さん 自分の責任でないことなのに、責められるわけです。
中川信男

そうなんです。漁業の方たちもそうですよね。当然、魚は回遊します。なかでも深海魚は非常に高い放射性物質が出ているのは事実です。福島の漁業者さんたちは、自分たちが愛してきた海に繰り出すことができず、ひたすら瓦礫拾いをしているわけでしょう。そういうときに、仮にお金をもらっても、人間というのは人間らしさを取り戻すことができないんじゃないかと思うんです。やはり、世間の役に立っているという実感があって初めて人間は人間らしさを取り戻せる。にもかかわらず、「福島の漁民が、農民が悪い」といった声が出ていることに対して、言葉を失いますね。


渥美京子さん

安部さんはいろいろな話の中で、ご自身の人生について少し語られました。
「海を見るのはつらい、苦しい。でも、今、森の中の仮設に住んでいて、やはり死に場所は浜に戻りたい」と。
漁師の家の5人兄弟に生まれ、ずっと浜で育ったそうです。死に場所を探しているという話を聞いたときに思ったことは、それは最後まで自分らしく生きたいという切実な気持ちなのだ、ということです。今回のプレマさんとの出会いは、安部さんのそういう切実な願いを支えることにもつながっている。そのような思いで、その言葉(死に場所探し)を受け止めたのですが。

中川信男

そうだとしたら嬉しいですね。それまでやってきたことが続けられたら一番ですが、それができないのであれば、何か続けられることを見つけていく。そこから始めるしかないじゃないですか。確かに国も悪い、東電も悪い。でも、悪いということを言い続けていても、言って得られるものはお金でしょう。お金が人を幸せにするということはないんです。お金がほしいと思って働いたとしても、それだれでは幸せにはならない。

やはり、ほんとうに必要なのは生きがい、つまり「誰かの役にたっているという実感」なんですよ。自分らしさというか、自分が世の中に対して何かできているという実感があって、喜びがある。もし、収入が少なくても、自分の生き方に納得がもつことができれば幸せと感じることができる。自分ががんばる対象をこういう事故によって失わされてしまったとき、お金だけをもたされる不幸というか…。


渥美京子さん 人と人とのつながりも大切ですね。福島に行くたびに思うのは、豊かな人間関係というか、懐の深さというか…。初対面の相手には、心を閉じているかもしれませんが、つながりがあったり、心が開いている状態でお会いすると、ものすごく心地いい関係がある。今回、相馬を周り、様々な方にお会いしましたが、暖かい関係に触れることができ、これはプレマさんが1年半にわたって築かれてきた無形の宝だと感じました。
中川信男

もともと、福島とは何のつながりもなかったですからね、最初に行ったときは。食料品を持っていかなくては、日常品を持っていかなくては…という思いでやっていたときは、何のつながりもなくてひたすら電話作戦です。役所に電話しても「もういっぱいだから、いらない」と言われる。スタッフが何十カ所電話しても「いらん」と。とにかく大橋社長(銀嶺食品工業)のところへ行こう、と決めました。高線量のところにも防護服やマスクを用意して行きました。そして、行ってみたところで、つながりでどんどんできる。

そのうちに、細々とでも縁が繋がったところに行って、とにかく誰かの役に立ちたいと強く思いました。そこには、何の利害関係もない。取引先でもない。福島の農家さんともまったく縁がなかったのに、人とのつながりのなかで、あっちへ行き、こっちへ行きということをしていたら、こうなったんです。それが大切なことなんだということが改めてわかりました。
プレマ基金のあり方として表明したことは間違っていないということを思います。それで不公平だというなら、どうぞ言ってください。そもそも、公平にやろうと思えば思うほど、不公平になるものなのです。


渥美京子さん 大切なことは、一人が一人とつながることから始まる。放射能の問題はそこからしか始まらないのではないかと私は感じてきました。それを続けているということはすごいと思います。現地の人の輪にはいったとき、それを実感します。
中川信男

ボランティアとかCSRとしてやるとか、そんなことどうだっていいじゃないですか。私たちがボランティアじゃないというと挑戦的に聞こえるかもしれません。私はそもそも「ボランティア」という言葉が嫌いなんです。ノンプロフィット(NPO)でもない。もちろん、この活動で何か儲けてやろうとも思っていない。最終的に、そこに仕事を創っていくことが最も大切なことだと思っています。そういう方向を見つめて話をしていれば出会いがあるかもしれないと。困っている人が「もっと困っている人がいる」と紹介してくれた場所に行けるということが、すごいですよね。そして結局、ほんとうに困っている人に何もできないということがわかってしまうんですよ。

困っている人の紹介で、困っている人のところに行くと、自分が何もできないことへの無力感だけが残る。でも、暖かく迎えてもらえるんです。何てことでしょう。
福島の皆さんといるとき、原発の話もシビアの話もない。みんな集まり、仲間内で宴会している感じです。モノを届けにいくと、何かくれる。持って行った以上のものをくれる。自分たちは何をしているんだろう、と。この感覚は、これまで経験したことがないことです。


渥美京子さん まったく同じことを感じています。先日、福島に住む方が東京に遊びにきて、小さな女の子もいたので、夜はみんなで宴会をして、翌日、動物園に遊びに行ったんです。ずっと笑って、バカなこといって、アカペラで歌って…。福島の放射能がどうのこうという話はせず、ただただ共に時間を過ごす。そういうことが、なんと本質的と気づく…。
中川信男

ねえ、そうですよね。「放射能値が高い」「ここは危険だ」ということを言うことは大切ですが、一方で、一つひとつのかかわりになったときに、人間って喜び合えないと、お互いに悲しい話ばかりしていると、誰のせいにしようかという話になるじゃないですか。そこにいる人たちは、自分たちの困難さということはわかっているのです。それ(困難さ)を集まってばらまきあってもどうにもなるものではないということをわかって行動している。人間ってのはすごいなと思うんです。東北というのは特にそれがある。関西の人間は、東北とはとても距離があり、日常的な関係があまりないので、それを改めて知りました。


渥美京子さん そこから始めることで、国家間の戦争をくい止めることでもある、と。今回の尖閣列島の問題も人とつながることから考えることが大事ですね。
中川信男

それしかないと思います。世の中のゼンマイが逆向きに回っている時こそ、お互いがお互いを理解していること抜きに、国という単位で何をするの?と思います。彼らの歴史認識もよく聞いて、よく学ばないといけないです。政府はもともと日本の島だと言っていても、ほんとうのもともととは何だ、と。
「誰かがこう言ったから、それに従う、従わせる」というのは、ファシズムにつながった歴史そのもののプロセスです。各々が主体的に生きていくしかない時代になったということですね。


渥美京子さん 覚悟を決めれば世界観が変わる。そう思います。
中川信男

主体性こそが大事です。誰かが悪いからこうなったと、誰かを攻撃することにエネルギーを費やす人がいます。ひどいことがたくさんあるから告発することは大切です。ただ、告発によって幸せになれるかというと、そうではありません。そうわかってやっているのと、それさえ解決すれば報われると思ってやっているのとでは、大きな違いになってくると思っています。


渥美京子さん

ボランティアやCSRの話がありました。私は企業として継続していることに意味があると思っています。「夢とそろばん」とでもいいましょうか。両方あるから何かが動くということがあると思います。ボランティアでもなく、利益追求だけでもなく、非常に難しい地平を進むということでプレマさんがやっていることは価値があると思います。

中川信男

ほんとうに難しいです(笑)。難しいからこそ、私たちが取り組む価値があると思っています。簡単なことだったら誰でもやります。お金出すだけだったら簡単です。そうじゃないから価値があると思っています。それが私には何であるかは、まだわからないのですが。
今回の催し(9.26「それでもなお、前を向く。」)に著名な経営コンサルタントの方をお呼びしたのもそういう理由からです。事業者として何ができるかといったとき、事業とこういうことをどうバランスをとるのか。「夢とそろばん」をどう両立するか。

私は、一般的に言われる「CSR」とは罪滅ぼしとしか聞こえないんですよ。環境に負荷を与えるものを製造し、販売しておいて、CSRというのは罪滅ぼしでしかない。私たちは事業そのものが人にとって環境にとって価値のあるものでないといけないというのが大前提です。誰かを傷つけて成り立つ商売は受け入れられない。そういう思いが成立することを証明しなければ、次の世代に対して何を残せるのだろうかと。

今年の2月と8月、私の小さな子どもたちを連れて福島に行きました。彼らは何もわからずに行っているわけです。行って歓迎されて、キャアキャア言っています。でも、大人になって、いろいろなことがわかるようになった時、「あの時、僕が行ったあそこはこうなっていたんだ」と気づくかもしれない。そのときに気づくための種を播いているんです。将来、そのことに気づくということに、無限の価値があると思うんです。私なりに、リスクと可能性をよくよく考えて行動しているつもりです。子どもを福島に連れて行くことについて批判されますけど。未来に対してできることはそういうことなのではないかと思います。

戦後、日本人は戦争と関わることを横におきながら、ひたすら経済優先でやってきました。人間としての価値は脇においておいたわけでしょう。今年に入って、弊社も売り上げはとても厳しいです。でも、それは福島の皆さんの厳しさと比べたら、どうということはありません。


渥美京子さん ホットカーペットの次は安部さんにどんな仕事を依頼しようかということは考えているのですか。
中川信男

うちはそもそも商品の大半が食品です。縫製を必要とする仕事はほとんどないんです。だから、次のプランはまだ見えていません。でも、この製品を販売している中でいろいろな意見が出るでしょう。そのつながりやきっかけをニュートラルに待とうと思っています。
そして「われわれも何か考えてみよう」という会社が、1社でも2社でも増えたらと願っています。物流を全く被災地と関係ない場所から岩手に持って行った会社もある、被災地域の地域のなかでがんばっている会社もある。私たちは地域のつながりがなくても、こんなことができたというひとつの例にすぎません。そういう意味で、私のできることは、経営者の皆さんをモチベートすることだと思っています。


渥美京子さん

プレマのお客様へのメッセージをいただけますか。

中川信男

有害電磁波問題というのは、原発事故や原発産業と一体なのです。今回の原発の問題は、日本人のみならず人類の食や住空間の安全を脅かしました。他にも、そういうものが複雑な経済の絡み合いのなかでいっぱい眠っていると思います。もちろん、放射能の健康影響を軽視はできません。でも、それ以外のこともあわせて見ていきたいのです。原発事故が起きて初めて食の安全について考えるようになった方も多いと思いますが、他にも「複線」はいっぱいあります。

たとえ電化製品であっても、福島で作って安全なのか、という声があります。そのため、完成したホットカーペットカバーは放射線量測定しました。丹精込めて作っていただいた製品を、バラバラに切り刻んで測定しました。長時間の測定を行いましたが、もちろんND(不検出)です。一生懸命縫ってくださった安部さんには申しわけない気持ちですが…。


渥美京子さん そこまでなさっているのですね。
中川信男

福島で作ったものはなんでも危ないと認識している方がたくさんいらっしゃいますから、私たちのやれることはとにかく何でもやるしかありません。


渥美京子さん 私も、「そういう質問がきた場合どう対応するのですか」と聞こうと思っていました。
中川信男

お伝えしたようにしっかり測定してあります。それでも不安だという人には、この製品は買わないでください、と申し上げるしかありません。
私たちは、このような問題を単に原発の問題という側面だけで見ていません。同時に、世間に対して何かを問えないかというオルタナティブの選択を見いだしていただきたいと思っています。だからこそ、この製品をぜひ買っていただいて、周りの方にも勧めていただきたい。この製品を作る資金の捻出だけでも大変でした。しかも、ほとんど利益はありません。これだけ遠回りしたモノ作りをしたために、ものすごいコスト高になっています。全部、中国でやっていれば手間もかからず儲るのに、という話です。お客さまから見ても高い商品だと思いますが、これだけの背景を持っていながら、29,800円のバリューはある製品だと自信をもっておすすめできます。


渥美京子さん 「複線」とは具体的にどういうことですか?
中川信男

例えば、原発事故の被災地と有害電磁波問題を結びつけることができたこと。原発事故で仕事をなくされた方や、仕事がない地域に仕事をオファーできたこと。また、この製品を使う人が周りの人にあれこれお話しいただくことで、そういうモノ作りを考える企業さんが別に現れるかもしれないということ。農業や教育の領域で福島でがんばっている方が、こういうやり方もあるんだと思ってもらえること。京都でもそれに向かって努力している会社があると知り、自分たちももっとがんばろうと思ってくれるかもしれないこと。

できあがったホットカーペットカバーは、本来できないはずの大きなキルティングをすべて手作業で縫製しているため、縫いは決して全自動機械のようにまっすぐではありません。大きな布を取り回して縫製しているため、纏りの処理もけっしてよくないです。それを理解したうえで、ぜひ受け入れていただきたいんです。きれいにできる機械で作ることを放棄して、わざわざ手づくりで作りました。それがクレームになるかもしれないのはわかっています。でも、消費者の方にもぜひ、そのような状態であっても受け入れていただきたい。

そうでなければ、他の製品と同様にすべて中国で機械を使って縫製することになり、産業は海外に流出し空洞化するプロセスが続きます。モノ作りの海外移転とは、ずっとその構造でまわってきました。より安く、よりきれいに作るために、人件費が安くて、低コストで大きな機械を運転できることを追求した結果、シンプルなものほど中国をはじめとする海外に持っていかれてしまったということがあります。そういうことに対するオルタナティブ、問題提起でもあります。製品の仕上がりが多少悪かったとしても、福島で生きる人間が普段は人間が直接ミシンにかけることのない大きな布に向かって、ひとつひとつ縫い上げたものだということを理解していただけたらと思います。

「電磁波カットホットカーペット」を製造するマルマ商会・代表代行の安部ハル子さんを訪ねて

灯籠

東日本大震災の犠牲者を悼む慰霊流灯会

安部ハル子さん(68歳)と初めて会った場所は、福島県相馬市にある松川浦漁港だった。2012年8月19日、この日は夕方から同漁協で東日本大震災の犠牲者を悼む慰霊流灯会が行われた。僧侶が読経するなかで、「安らかにお眠りください」などと書かれた灯籠が、海に入れられていく。

しばらくして、僧侶たちによる復興チャリティ公演「豊山太鼓『千響』(せんきょう)が始まり、読経と太鼓の音色が漁協内に鳴り響く。そして最後には、大輪の花火が夜空に打ち上げられた。
安部さんの姿を見つけたのは、花火の打ち上げが終わり、人びとが家路に着き始めたときだった。引き潮に乗って沖へと流されていく灯籠を見つめる安部さんに声をかけ、簡単な自己紹介をして、「明日、お話を聞かせてください」と伝える。安部さんは「よろしくお願いします。お待ちしています」と少し緊張した面持ちで言った。

安部さん

マルマ商会・代表代行の安部ハル子さん

翌20日、相馬市にあるマルマ商会を訪ねた。同社は、Tシャツやブラウスなどアパレル関係の縫製工場を営んできた。工場が津波で流されたため、かつて小学校として使われていた場所を借りて操業を続けている。
私は、地元の人同士が話すような口調で安部さんに語りかけてみた。
「太鼓、すごかったあ。ものすごく響いてきましたあ」
すると、安部さんはこう返してくれた。
「心臓にすごく響いた。私、すごいなと思ったの。衣きて、住職たちが太鼓を叩くってのはめったに見られない。それに、ほら、拝むときの太鼓はさ、それは見てるけども、あの曲をね、最後まで叩くんだから。すばらしいなあ」
前夜、波間に揺れる灯籠を見送り、太鼓を聞き、花火を見つめた共有体験が、安部さんと私の距離を一気に縮めてくれた。
「空気と地面から振動が伝わってきましたね」

松川浦漁港

松川浦漁港

「(お寺の)本堂でやるのとはまた違ってね、波が(人びとを)さらっていった場所で聴くので、また違う。波が怖い。なぜこの波がこれほどにしたのかなと思うけれど、私は海で育った人間だから、塩水が恋しい。手をつけたくなる。やはり、浜に帰りたい。その一心ですね」
今、森に囲まれた仮設住宅で暮らしている安部さんは、少し寂し気な表情を浮かべてこう言った。

安部さんとプレマとの出会いは今年3月。共通の知人を介して「ホットカーペットを作ってみませんか」という話があったという。
「縫製といっても、それまでやっていたアパレルとは違い、ホットカーペットのカバーは初めてのことで、(カバーの縫製工場を)見たこともない。でも、ちょっとまだ(工場の生産が)ダウンしている段階だから、(ホットカーペットの仕事を)プラスをすれば、何とか会社も生き延びるのではないか、やってみようと思ったんです」
引き受けたものの、サンプルを見て「できるだろうか」と悩んだという。
「出てくる言葉が電磁波でしょ、アースでしょ。それはどういうわけですか?と聞いたら、『電気をあまりにも使いすぎて、それが家庭内に充満していて身体に悪い。アースをつけることで害を防げる。そのためのカーペットを作り上げてほしい。これまでは、中国でやってきました』と。そう言われると、中国でやっていたものをうちでできないわけはないだろう、と思ったんです」

安部さんに工場を見せてもらった。工場といっても、小学校の校舎を利用しているため、「職員室を縫製工場にリフォームした」というイメージ。カーペットカバーを作る製造ラインは、生地の裁断や縫製から電磁波の測定まで6つの工程がある。エアコンはなく、扇風機が回っているだけなので、室内はかなり暑い。
「この部屋は電気がきてなかったので、電気工事から始めたんですよ」と安部さん。
知り合いの大工さんや電気工事屋さんたちが手弁当で助けてくれたそうだ。
スタッフは5人。生地の裁断ラインに2人、縫製2人、ロックとパイピングなど仕上げに1人。


裁断

特殊素材「サンダーロン」をカット

しつけ

縫製

パイピングなど

電磁波測定

このように、すべて手づくり。当初、1日24枚を目標にしていたが、1日15枚がやっと。裁断がうまく行かず、10枚、20枚とボツになってこともある。4種類の生地を重ね合わせて縫うのは大変で、ミシンがうまくかからなかったり、まっすぐ縫ったつもりでも曲がってしまったり……と苦労の連続だったという。
ホットカーペットは季節商品で、かつ生産枚数は限定2000枚。12月には生産が終了する。ようやくコツをつかみ、技術力もあがっただけに、何とかこの製造ラインを使って、カーペット縫製などの仕事がくることに望みをつないでいると安部さんは言う。
「出会いがつながり、広がっていけるといいですね」
「ほんとうですね。みなさん、ほんとに(気持ちが)熱い。わざわざ遠くから何度も来てくださる。私たち、どうしても視野が狭くなりがちですが、こうしてたくさんの方が足を運んでくださり、仕事をもってきてくださることで、いろいろな方とつながっていけるのが、ほんとうに嬉しい」

津波でこわされた浜の復興にはまだまだ時間がかかる。
「昨日の朝、浜に行ってみたんです。仮設はすごい暑さだったのに、浜に行ったら、汗、一滴もでないの。ありがたいっていうかさ、この自然っていうのは。何、この違いって? 仮設にいると風がない。もう、サウナ状態。でも、浜に行くと、この風どこからくるのかなと思うくらいですね」
安部さんは6人兄弟の長女。祖父は櫓をこいで魚を穫り、父親は新造船を造って仕事を広げ、家族を養ってきた。子どもたちは父親が漁から戻ると、網から魚をはずして、網をきれいに整えたり、魚を市場に持っていったりしたという。それだけに、浜への思いは強い。
「私、浜で死にたい。だから摂取院さん(お寺)を大事にしてるの」
と安部さんは言う。

安部さん

死に場所や死に方を考えるということは、人生最期の日まで自分らしく生きたいという切望に他ならない。誰かの役に立つ仕事をして、仲間とつながりながら、できれば浜に中古でいいから家を見つけ、のんびりとお風呂に入る暮らしを取り戻すのが今の願い。
「浜に行くと、生きているって感じがします。仮設で1年半暮らしてきたけれど、(浜で風にあたると)『生きててよかった。幸せ』と思います。クーラーも扇風機もいらない。たまにハエが入ってくるけど(笑)。これが生きてるってことなんだなあと思いました。うちの従兄弟は流されて亡くなったの。この先、(少ない)年金でどうやって暮らそうかと思うけれど、それでも生きたいですものね」

「電磁波カットホットカーペット」には、福島の人びとの希望が込められている。


株式会社レジナ 代表取締役 土田直樹さんに聞く

渥美京子さん 福島でホットカーペットを作ろうと思ったきっかけについて教えてください。
中川信男

2011年11月、中川社長から相談がありました。「プレマとして福島を支援しています。ほんとうの支援は雇用創出です。そのためには商品を作る必要があるので、電磁波対応の商品を作れないでしょうか」と。
これまでは中国の契約工場で作ってきたものの一部を福島で作れないか、というお話でした。中国と福島では生産ラインの規模が違い、コストの問題もあります。「ちょっと考えさせてください」とお伝えしました。

今年1月に中川社長とお会いする機会があったのですが、そのときに「メイドイン福島」という考え方を聞きました。その言葉が僕の中で響いたんです。単に「支援」というのは好きではありません。こちらが上に立つイメージがありますから。対等の立場でモノ作りがしたいというのが僕の考え。
福島の人たちが自分たちで自活できるような経済的システムをつくろう、僕らが持っている技術や人脈、材料を福島に集結しよう、安部さんの工場そのものは津波で流されているけれど、ミシンなどを調達すれば仕事が生まれる……と。それを聞いて、やってみようと思いました。
6月7日、福島に行きました。測定器を持ち、電磁波対策についてお話ししました。サンプルをお見せしてどうだろうか、と。いろいろ話し合いをして、やりましょう、ということになりスタートしたのです。


渥美京子さん 何度も福島に通われたとうかがっています。ホットカーペットができるまでの苦労をお聞かせいただけますか。
中川信男
土田社長

もともとは小学校だった建物を、マルマ商会が間借りをして、この1年半はそこでアパレルなどの縫製をしています。しかし、今、ホットカーペットを縫っている部屋は、6月段階では電気もテーブルもなかったんです。
このため、部材を広げて裁断し、縫製し、周りをまつって、電磁波を測定するためのラインづくりから始めました。裁断機の中古を探し、分厚い生地に通るミシンの針を探し、電気のコンセントを作り……。なるべくあるものでやっていこう、ということで、卓球台を倉庫から出して机として使っています。床もみんなで水拭きしました。スタッフのダンナさんが電気工事屋さんをしていて、そのご夫婦も津波で家を流されているのですが、その方が手伝いにきてくれ、電気関係はぜんぶやってくれたんです。


渥美京子さん 安部さんによれば、縫製が難しかったということですが、技術指導する上で苦労されたことは何ですか。
中川信男

中国の機械化された工場には大きなラインがあり、すべて専任の担当がつき、標準仕様より少しでもおかしなのがあったらボツにします。品質管理というのは、ものすごく厳しいんです。
でも、福島にそのルールを持ち込むと、1枚も作れなかったと思います。すべてが手づくりだから、1枚1枚、縫い方が微妙に違うわけです。自分たちの商品を世の中に出せるのだろうかという不安を払拭することに努めました。技術はみなさんあるのです。電磁波は完璧にカットする。そこがクリアできればいい、とお伝えしました。


土田社長
渥美京子さん ホットカーペットは何枚作るのですか?
中川信男

2000枚です。ホットカーペットの市場は180万枚で、そのうちのたった2000枚。でも、国産で、しかも電磁波対策を施したカーペット、電場と磁場の両方をカットできる商品はこれだけです。


渥美京子さん 福島でつくられることに意味がありますね。
中川信男

コストの低い海外で商品化していくといった今までのプロセスとは違い、国内で生まれた技術を、福島から発信する。そこに意味があります。
それともうひとつ、放射能が遺伝子を切断することはみなさんご存知ですが、この40年、急激に増えてきた電磁波も遺伝子を切るということへの認識が大事です。福島は放射能が存在していることに加え、電磁波対策も遅れています。その両方をサポートすることも大事な課題だと思っています。

● 放射線量を測定しました ●

★測定は以下の手順で行いました

1. まずは検体のホットカーペットカバーを細かく切ります。

2. 次に細かく刻んだ検体(ビニール袋をかぶせた)を測定用ビーカーに詰め込みます。

3. 詰め込み後、テープ止めをして重量を量ります。


4. 測定機AT1320Aにビーカー入れます。

5. AT1320Aのソフトウェアに測定時間、重量など必要なデータを入力し、測定を開始します。

(測定中:放射線の動きを確認することができます)

放射線量測定結果

【自社測定】
測定条件 測定結果
商品番号 E0068 測定ID 111
商品名 ホットカーペット(カバー) I131(ヨウ素131) 不検出(ND)
測定日 平成23年8月28日 Cs134(セシウム134) 不検出(ND)
測定秒数 65000秒 Cs137(セシウム137) 不検出(ND)

・測定機機種:AT1320A(2.5" x 2.5" NaI シンチレーター) ベラルーシ製
スペクトルスクリーニング・記録分析ソフトウェアは日本製
・検出限界値:メーカー開示値3.7Bq/Kg これ以下は不検出(ND)とします。       
また、 スペクトル分析で各核種に対応するピークが検出されない場合にも不検出(ND)とします。
・サンプル量:本機は、1リットル/検体を必要とします。
・測定器設置:京都市下京区 プレマヴィレッジ京都内


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