- 無農薬リンゴであること
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現在、日本では有機栽培による農産物のマーケットが活気を見せています。従来は、公的な規格がなかったのですが、最近になって、有機農産物の認証機構や認証規格が決まり、今まで、有機栽培農産物とされていた農産物のほとんどが、淘汰される時代になってきました。
このような中、農薬だけでなく、有機・無機を問わず一切の肥料を使用せず、自然の力のみを利用した自然栽培農法を20年余にわたり、実践されている木村さんの生産物は、現在、出まわっている有機農産物の究極の形と言えるのではないでしょうか。
世間で言う認証規格に合致した農産物という枠を超えた、まったく別の「幻の食」の提供者だと言えるかもしれません。
- 自然栽培農法と従来農法の違い
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通常、十数回行う農薬散布をまったく行わない栽培方法をとり、病害虫に対しては、防除として酢(80倍〜500倍に希釈)を散布するのみです。りんごはワックスの上がりが少ないため通常のりんごより日持ちし、(肥料を与えないため、ワックスの原因となる過剰な窒素分が少ない)りんごジュースは一切の添加物・保存料を使用しません。
【有機肥料も使用しない理由】
木村さんは、農薬だけでなく肥料も使用しません。世間で言われる有機栽培は、堆肥を使用することが多いです。しかし、堆肥のもととなる家畜の飼料にはビタミンなどが入っており、結局は堆肥にも化学物質が混入していることになります。
だから、木村さんにとって有機栽培とは、実は無機栽培に近いものになるとの考えから、一切の肥料を使わないのです!
- 悪戦苦闘の日々 −夢の実現に向けて−
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▼ 無農薬リンゴ栽培の決意
当初、木村さんは農薬を使い、通常の栽培方法でリンゴを作っていました。しかし、農薬の影響なのか妻の体調が急変してしまいました。もともとリンゴは、通常、十数回の農薬散布が必要なほど病害虫に弱いです。その困難さを知っている家族に相談すると、「できないかもしれないがやってみろ」という答えに、前人未到の無農薬・無肥料のリンゴ栽培を彼は決意したのです。
▼ きびしい道のり
農薬という環境に慣れたリンゴ園では、苦難の連続でした。害虫を木村さんと木村さんの妻と二人で手づかみするが、取っても取っても害虫は減らず、夜に畑へ行くと、カサカサと葉を食べる音が聞こえてくるほど、どうしようもない状況でした。
何年経ってもリンゴは実らない。農薬漬けの生態系に慣れたリンゴを変えるには、どうすれば良いか。様々な試みを行うが、変化がない。そのため、夜には町でパチンコ店員やキャバレーの呼び込みといったアルバイトをしながら、昼は農作業という毎日が続いたのです。
▼ 初めての実
無農薬栽培を続けた6年目の春に、小さな実が2つだけ収穫できました。たった2つだけでしたが妻と二人で抱き合いながら、涙を流したそうです。
「ありがとう、無理な環境に良く耐えてくれた。本当にありがとう」。その日からも、苦難は続きましたが、周辺の理解もやっと深まり、数年間の苦労も名実共にやっと実ったのです!
- 出会い
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▼ フラン病との闘い
翌年からは、徐々に収穫ができるようになりました。しかし、どうしても乗り切れない問題があったのです。それは「フラン病」でした。
この病気は、リンゴを剪定した切口や傷口から病原菌が侵入し、幹や枝が腐ってしまい、最後には枯れてしまうもので、リンゴ農家の最大の敵です。特に木村さんの場合、無農薬であるため、フラン病が蔓延し、無農薬りんご栽培の最大の悩みで死活問題でもあったのです。
▼ サン・アクト社との出会い
その頃ワサビの有効性に着目しつつあったサン・アクト社は、偶然にもフラン病と悪戦苦闘する木村さんのリンゴ農園を訪ねることになりました。
リンゴ畑では、リンゴの幹に土が塗られていたり、布が巻かれていたりしたため、その理由を聞くと、
「これが、泥まきというもので、土を塗って、はがれないように布を巻いてフラン病対策をしているんです。農薬を使えないからこれしかできないんです。」という木村さんの答え。
木村さんの悲鳴にも似た叫びを聞いたサン・アクト社は、農薬ではなく、ワサビの抗菌作用を利用した手法を提案しました。最初は半信半疑であった木村さんも次第に納得し、自らの畑で試験を開始したのです。
▼ 試験の成功
数ヵ月後、木村さんは驚くべき光景に出会いました。
ワサビによってフラン病の腐朽被害が止まっていたのです!これをきっかけに、木村さんの無農薬栽培は一つの壁を乗り越えることができたのです!
▼ 本来の生態系へ
試験の成功と共に、木村さんのリンゴ畑は、農薬がなくても元気に育つという、リンゴ本来の生態系に戻ったのです。
無農薬栽培の決意から数年後、現在は毎年、通常栽培の8割程度の収穫を実現しています。しかし、さらに理想を追い求め、彼の格闘はまだ続いているのです!