雑穀のパイオニア!こだわりもん工房商品ラインナップ!
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雑穀のパイオニア「こだわりもん工房」
選りすぐり商品ラインナップ! |
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国内産100%の品がずらり!安全でからだがよろこぶ雑穀のパイオニア「こだわりもん工房」
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| 自然食品ベストセレクト | 中広行のマクロビシリーズ / オーサワジャパンの自然食品800アイテム以上掲載! |
| ベストアメニティ関連 | 田中やすこの徹底取材!ベストアメニティ・内田社長に聞く「こだわりの本質 ペットのための自然食品 ・アニマルワン |
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この顔に、ピンッときたら...雑穀米!!ご存じベストアメニティ内田社長が、04年12月10日放送の「おもいッきりテレビ」に引き続き、05年5月24日AM10:05からの「NHK生活ほっとモーニング」(NHK総合テレビ)に登場! 雑穀のすばらしさを大いに語ってくださいます!! 番組中では内田社長が雑穀の栄養価と必要性や、料理法について語ってくださいます。 お料理好きで、普段からよく雑穀やこくでーるを使ったレシピトップページを考案されるという内田社長ならではのお話を聞くことが出来ます。 雑穀パワーは止まるところ知らずです!! |
雑穀のパイオニア、ついに登場!!
今、食生活が危ない!
間違いに慣れてしまっていませんか?
虫も食べない農薬だらけの野菜、形の整った野菜、化学肥料の食肉、傷まない果物、
青・緑・赤・黒のガム、濃すぎる一方の味付け、あふれる化学調味料など…

現代食に漬かった体を「主食から見直そう」
日本に雑穀を広めた雑穀ブレンダー・内田弘が新しい食生活を提案する
「こだわりもん工房」から選りすぐりの商品怒涛ラインナップです!
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雑穀ブレンダー・内田弘(ベストアメニティー・代表取締役)の想い | ||||||||||||||||||
今や現代色の象徴となりつつある食品添加物、農薬入りの食べ物たち。食生活を豊に便利にしてくれる、見かけだけの食品に安全性は全くありません。反対に成人病やアトピーなどの現代病の原因となってしまいます。私達はこのような食文化を見直すべく、体に優しい自然食品作りに力を注いでいます。産地、原料にこだわり、安全で安心できるものをお届けしたいという思いから、昔ながらの無農薬有機農法を実践し広めています。 雑穀は食料不足だった戦時中には七分、八分づきのお米に雑穀類を混ぜて食されていました。白米も満足に食べられない貧しい時代でしたが、結果的にはビタミン・ミネラルなどの栄養分を、雑穀により補うことが出来ていたのです。 戦後、豊かになった日本に欧米食が広まり、農薬や添加物漬けの食品が市場に出回るようになりました。肉を食べ続けている欧米人と比べて日本人が肉を食べ始めて100年余り。慣れない食事を取り続けてからだに負担がかからないわけがありません。雑穀と出会い、雑穀の素晴らしさを知った私たちは「雑穀米」という最高の商品を作り上げました。一番美味しい配合を見つけ出すまで百何回と試作を繰り返し、雑穀米が誕生したのです。 全国の生産者の協力と皆様のおかげで、数々の商品を作ることができ感謝しております。わたしたちは「体に優しい、おいしい健康」をテーマに今後もよりよい商品を紹介していきたいと思っております。 愛、感謝…。 |
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健康のことなんて考えていなかった。 「不健康のかたまり」仕事人間でした。 日本ではじめて雑穀米をつくった内田弘(うちだひろし)はかつて大手生命保険会社の営業マン。弱冠26歳で支部長に就任するほどのバリバリの仕事人間。内田は言う「忙しいサラリーマンでしたからね。休みもろくに取らない。外食は当たり前で高脂肪・高タンパクに偏った食事でしょう。酒は毎日飲んでました。ちなみにたばこは1日80本は吸っていました。」 カラダは大丈夫だと信じていた。けれどその考えは覆された。 長期の入院で、内田の人生は180度転換した。 学生時代はレスリングで体を鍛えていた。スタミナをつけるために肉ばかりを好んで食べていた。健康には自信があったのだが…。内田は言う「自覚症状はなかったんですが健康診断で痛風の前兆だとわかったのです。きちんと調べると肝臓も悪くてすぐ入院することになってしまいました。」それから2ヶ月仕事を離れた入院。ベッドの上で胃ガンのため37歳でなくなった母親のことを想った。その時、内田は31歳。人生観が180度方向転換となる。 院長は言った。 「10年かけて悪くしたものだから10年かけて治しなさい」 内田はこの入院中に健康に関心を持つようになった。院長は内田にこう言った「薬は飲まなくていい。食生活を変えなさい。10年かけて悪くしたのだから、10年かけて治しなさい。」 療養の甲斐あって無事回復。自らの体を通じて感じた危うい現代社会の食生活をなんとか好転させる仕事に就きたいと考え始めていた。そして第2の転換期が待っていた。 「売り物じゃない。むかしからうちで食いよるんじゃ」 内田はその言葉に身震いした。 退院後、仕事のかたわら訪れる鹿児島で、アワやキビを生産する農家と出逢った。「売り物ですか?」と内田は問いかけた。「売り物じゃない。昔から家族の健康のために作って、うちで食いよるんじゃ」その時内田は身震いを感じた「これだ!!農家の人たちは、雑穀を自分たちのために作って食べている」そのことに気づき、今まで見向きもされなかった雑穀に注目した。 内田は周囲に驚かれながら会社を退社。農家の人たちのように「家族や子供、大切な人に安心して食べてもらえるものをつくろう」と基本概念を固め、ベストアメニティ株式会社を設立。雑穀を使った商品開発に情熱を傾けたのです。 冷めてもおいしい雑穀米を。何百回とブレンドを変え試行錯誤の繰り返し。 日本発の雑穀米が誕生! 会社設立から4年間はひどいものだった。自然食品は売れず、健康教室を開いたりして頑張った。雑穀の有益性を教えていた時「どうやって食べたらいいのか」と質問され、アワやキビなど入れた雑穀米を思いつき、内田のさらなる戦いは始まった。 冷めた時のにおいなど、超えなくてはならないハードルがあった。何とかおいしくならないかと何百回と雑穀の配合比変え、試行錯誤を繰り返し「これはいける!」一番おいしい雑穀の配合比を見つけだした。その時開発から1年間が経過していた。 誰も見向きもしない雑穀米。しかし去りかけていた人たちが戻ってきた。 長年の苦労が報われた瞬間だった 「家族や子供、大切な人に安心して食べてもらえるものをつくろう」「毎日の食卓にのぼるおいしい雑穀米をつくろう」その想いが詰まった雑穀米。東京で初めて展示会に出した時のことである。雑穀米には誰も見抜きもしない。期待とは裏腹の結果に内田は大きなショックを受けた。しかし、何とか想いを伝えたい、という一心で通る人、通る人に雑穀ごはんを食べてもらった。すると立ち去りかけた人が一人、二人と戻ってきたのである。その日の雑穀米はすべて完売。長年の想いが実った瞬間だった。 内田は言う。「健康の基本は毎日の食事です。食生活の中にこそ健康法はある。伝統的な自然食品を中心にした食事。ごはんを基にした食文化こそ大事にしなくてはなりません。健康は食生活から始まるのです。」 |
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