西原利芳さんが語る、宮古島の未来

「良いことはカタツムリのように進む」というガンジーの言葉のように、僕たちも、カタツムリのように進んでいきます

常に自然体で、調和のとれた暮らしを目指す。
宮古島がこれからの未来のパイプラインとなるために

宮古島の城辺(ぐすくべ)にある小さな製麺所で、奥様と二人三脚で
宮古うずまきそば」というオリジナル麺を手作りする西原利芳さん。

「この麺を食べてもらって、しあわせがぐるぐるっと広がるように」というのが、西原さんご夫婦の麺作りのモットーです。

学生時代に宮古島を離れ、ご結婚後この地に戻ってきた西原さんにとって、宮古島で暮らすということはどのような意味を持っているのでしょうか。転換の時代を迎えたいま、宮古島が世界に示しうるその役割とはどのようなものなのでしょうか。

宮古島の魅力と可能性を明らかにすべく、「宮古島プロジェクト」を立ち上げた弊社代表の中川信男が、にしばるやー工房の西原利芳さんを取材しました。

自然体を目指す

中川

西原さんご夫婦は、お互いに支え合いながら、とてもおおらかに毎日を暮らしていらっしゃるように感じられますが、お二人に共通する世界観を教えてください。

西原さん

「必要最低限」ということでしょうか。昔の人のように、必要最低限で、自然体でいられることを目指しています。たとえば土地を所有するという概念も、おかしくないですか?土地にしても海にしても誰のものでもない、そういう自然体や調和に満ちた毎日を目指しているんです。 実は今、宮古島に移住してきたある人と、コミュニティーを作らないかという話が出ています。宮古に来て、自然体で暮らしたいという人は結構いるけれども、なかなか集まるきっかけがなかったので、いよいよこれからといったところです。

中川

ないちゃーさんも地元の人も巻き込んで?
(注:ないちゃー=内地の人。沖縄の言葉で「内地=本土」の人のこと。)

西原さん

そうです。コミュニティー作りのきっかけになった人は、既に東京で大きなコミュニティーをやっている人です。宮古島でも土地を探していると聞いて紹介されたのですが、いろいろ話をするうちに同じ考えを持っているのが分かってすごく仲良くなったんです。それでまず僕たちの土地を使ってやらないかという話になりました。

コミュニティーを作ったら教育も要りますよね。 僕は今の学校制度にも不自然を感じています。子どもは子どもの世界があって、宿題っていうのは嫌なものじゃないですか。嫌というものは別にやらせないで良いと思うんです。ところが、子どもが勉強できないと先生のせいになるから、先生もそういう教育をする。枠にとらわれていますよね。

中川

まったく同意です。私の上の子ども三人は宿題のない学校にわざわざ行かせています。夏休みとかも悠々自適ですよ。

西原さん

僕自身、自然の中で自由に育ってきましたが、そうやって好きなことをやっている方が勉強になりますよね。うちの嫁ともいつも話しているんですが、自然体で生きるとはどういうことなのか、自分たちが自分らしくあるためにどうしたら良いのか、という問いかけが常にあるんです。でも、その答えは分かるようで分からないので、少しずつできる範囲でやっていくしかないと思っています。 僕の好きな言葉に、マハトマ・ガンジーの「良いことはカタツムリのように進む」という言葉があります。すごくずっしりくる言葉です。僕たちも、カタツムリのように進んでいこうと思っています。

宮古島の役割

中川

宮古島に可能性を見いだした人たちが急速に流れてきているといいますね。観光地としての意味を超えた、ほんとうの意味での宮古島の役割が明確になりつつあるタイミングなのではないしょうか。地元の人としては、究極的に宮古島の役割とは何だと思いますか?

西原さん

僕はパイプラインだと思っています。上から降りてきたものをつなげるという役割ですね。それから世界中に回っていくと思うんです。今は転換期ですからね。

中川

宮古島全体がすばらしいエネルギーの宝庫ですしね。

西原さん

島をつくる琉球石灰岩もカルサイトの類に入るので、ある意味パワーストーンです。だからいろいろ開きやすい環境だと思うんです。

中川

地元の人でそういう感覚がある人って意外と少なくはないですか。この島の本質的なところに惚れて来る人は結構いらっしゃると思うのですが、地元の人で、この宮古島がそれくらい重要な場所だということを自覚的に感じている方って、西原さんのお近くにいらっしゃいますか?

西原さん

そうですね、ユタさんとかくらいでしょうか・・・。

中川

そうなんですよね。この島の役割を感じておられる方というのはほんとうに数が少なくて、出会うのはなかなか難しい。地元の人の中にアンテナになってくださる方がいると、ないちゃーも生きてきやすいですね。だから宮古島出身でそういうことが理解できる方って、そういう意味でも宮古島の中でのパイプです。

西原さん

僕は宮古島が地元ですが、嫁さんは内地の人で、周りにも内地の人が多いんです。だから僕の役割は、内地と宮古島という枠を取り払って、人を集めていくことだと思います。

ほんとうの常に自然体で、調和のとれた暮らしを目指す。
宮古島がこれからの未来のパイプラインとなるために

中川

西原さんが考える、宮古島の人として誇れるものとは何でしょうか?

西原さん

先祖崇拝でしょうか。そういう霊的なものって沖縄全土ですごく多くて、良いことだと思います。やっぱりルーツは先祖にあるわけで、それをとても大事にする習慣があります。あと、宮古島には「お通り精神」っていうのがあって、周りとの絆がすごく強いんですよ。

中川

宴席でも「お通り」という習慣がありますが、飲み方の話ではなく、仲間精神のことだったのですね。

西原さん

はい。島の外で出会っても、お互い宮古島出身だと分かるとそれだけですごく仲良くなります。内地の人にもそういうのはあると思いますが、おそらくその倍以上に強いですよ(笑)。 宴席の「お通り」でいうと、お酒って昔は貴重だったので、それを常に自然体で、調和のとれた暮らしを目指す。 宮古島がこれからの未来のパイプラインとなるために飲むということなんです。一人だけがいっぱい飲むのではなく、同じコップで、同じ量をついで飲むという、それが「お通り精神」です。

中川

この人は飲めるからいっぱい、この人は飲めないから少し、ということがないわけですね。

西原さん

常に自然体で、調和のとれた暮らしを目指す。 宮古島がこれからの未来のパイプラインとなるためにっていうことが大事なんです。
こんな話があります。「あるおじいが都から来たないちゃーに『あんたとこの神様どこにいる』って訊いたら『上にいる』っていう。でも宮古島の神様は海の彼方にいるんだよ」と。どういう意味かというと、上にいる神様は見上げるけれど、宮古島では水平線なんです。要はすべて常に自然体で、調和のとれた暮らしを目指す。 宮古島がこれからの未来のパイプラインとなるためにということです。

中川

常に自然体で、調和のとれた暮らしを目指す。 宮古島がこれからの未来のパイプラインとなるためにということが根っこにあって、風土、気候、地形、全部がつながっているんですね。島も平べったいですし(笑)。神様は水平にいるという常に自然体で、調和のとれた暮らしを目指す。 宮古島がこれからの未来のパイプラインとなるためにの精神は、本質だと思います。

西原さん

人は一人一人それぞれ宇宙をもっていて、それがある意味神様で、いろんなふうに輝き出します。だから常に自然体で、調和のとれた暮らしを目指す。 宮古島がこれからの未来のパイプラインとなるためになんですよ。

中川

確かに媚びもないですね。お客さまと店員さんでも、区別なく、まったく常に自然体で、調和のとれた暮らしを目指す。 宮古島がこれからの未来のパイプラインとなるためにの言葉遣いをされます。本土の人には多少違和感がありますが、今のお話を聞いていて、非常に納得しました。常に自然体で、調和のとれた暮らしを目指す。 宮古島がこれからの未来のパイプラインとなるためにの精神が深いところにあるんですね。

西原さん

そういうところが宮古島の人には埋め込まれているんですよね。